■いざ、セブ島へ
at 2001 05/24 21:28 編集
マニラに1日いただけで、よくもこんなに書けるもんだとわれながら感心してしまう。
昨日までの疲れと、お酒の力で9時過ぎまで寝てしまった。起きると、向こうのベッドでシンディーとメルセデスが寝ている。あまりの空腹に耐えかねて、私はホテルの裏にあるスーパーマーケットへ朝食を調達しに部屋を出た。
フィリピンでの朝食はどこの国でも同じようだが、無性にご飯が食べたかったので炊いたご飯を買った。炊いたご飯をポリ袋に入れてはかりにかけて目方で代金を払うシステム。それと、トヨというフィリピンでは普通に食べられている魚の干物のようなもの。アジの干物をカチカチに乾かしてちょっと腐りかけのような匂いのする干物だ。日本では網で焼いて食べるがここではフライパンに油をたらしてこのトヨを入れる。煙は物凄い匂いへと変身して行く。ちょうど日本の伊豆七島名産のクサヤを炙ったあの匂いとよく似ている。
これを、ご飯の上にちぎってのせながら食べるのである。正直言って、ウマイ!
こんな食事も、アジアンだ!
トヨの焼いている匂いで、シンディーとメルセデスは起きてしまった。3人で朝食をとり、出発までボケ〜っとすることにする。外は30℃以上。歩く元気も無い。昼まで洗濯をしたりして暇をつぶした。
午後2時、チェックアウトをしてマニラの北にある大型客船が発着する港へと向かった。
短期間の旅行では、ほとんど飛行機などを使って移動するが、時間に余裕のある方には船旅をお薦めする。
何たって安い! 飛行機で2000ペソ約1時間の旅だが、私の買ったチケットは700ペソ(食事3食付き)で所要時間は24時間。これに保険料13ペソが追加されるが。決して快適ではない居住空間だが、地元の人と仲良くなれて、1人旅にはこのうえない話し相手ができる。
しかし、このマニラ〜セブ間の定期船で、20年程前、定員を異常なまでオーバーさせて沈没してしまった事件があった。1000人乗りの定員に対して2000人近くものせていたなんて話を聞いた事があるが、このニュースは日本でも当時流れていた。そんなこのが脳裏に一瞬掠めたが、もう気持ちだけは船旅の事でいっぱいだった。
私達3人は、サンミゲルビールを1ダース買いこみ、乗船した。自分たちの場所を確保して、船内探検に出かけた。スイート、キャビン、ビジネス・クラス、ツーリスト・クラス、エコノミー・クラスに分かれていて、一番上級はスイートクラス。この船は2800ペソだった。エコノミーはほとんどフィリピン人で外国人はビジネス、ツーリストクラスに多くいた。もちろん日本人の姿もあったが、エコノミーには私しかいないようだった。
食事の場所、ディスコの場所を確かめて、甲板に持参のサンミゲルビールを抱えて太陽の見える場所で落ち着いた。これから数時間後にあのマニラの夕日が眺められる。ビールを片手に落ちる夕日を眺めるなんて、最高の気分である。夕日が沈みかけると甲板は大勢の客で込み始めた。男女のカップルは手を繋いだり抱き合ったりして眺めている。私? もちろんビール片手に夕日を見ないで周りを見てました。
夕日が沈んだら、あたりはだんだんと暗くなり、大小の島から灯りが見え始めてくる。船は揺れない。まるで瀬戸内海を走っているようだ。景色もそんな感じ。
腹が減ったので、3人で食堂へ行く。大きなテーブルに大勢の人が食事をしている。メニューは1種類。上のクラスは選ぶ事ができるそうだが、エコノミーはそんなわけにはいかない。お待かねのディナーは魚の煮付けのような料理とご飯といった質素なものだった。ご飯をタップリ入れてもらい、空いたテーブルで食べ始めた。ここに外国人が来るのは珍しいのだろう廻りの客が次々に話しかけてくる。「お前は日本人なのになぜエコノミーにいる?」だとか「マニラで金をすられたのか?」とか訳のわからないことを聞いてくる。食堂でもアルコールを売っているので、たちまち宴会場と早がわりしてしまった。誰かがCDラジカセで曲を流し出すと、もうそこはディスコに早替り。乗組員が注意するのかと思いきや、彼等も踊り出している。まだ、自分としては踊るような状況ではないのだが、シンディーとメルセデスに手を引っ張られて、みんなの中へと入っていった。2時間たっても3時間たってもみんな帰らない。それより、踊りの輪が一段と大きくなってくる。食堂の従業員がテーブルを片付け出した。テーブルを片付けてしまうと、そこはディスコへと早替り。本当のディスコは上の階にちゃんとあるのだが、ここはただ! 食べ物は無いけど飲物は売っている。私達は夜中の2時過ぎまで暴れていたが、年寄りなもんで、2人を残して早々に引き上げた。
目を覚ますと、横に2人が座っていたが、彼女達は一睡もせずに踊っていたらしい。恐るべし、フィリピーナ!!
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