クリンは私たちの大切な家族です。
クリンを失ってしまった今、その存在の大きさがどれほどのものだったのか、
あらためて感じています。
私は家にいる時、散歩の時間になると何となく落ち着きません。
夕方にでかけていると、早く帰らなきゃ、と思ってしまい、ゆっくり することができず、焦ります。
そして、家に帰ればクリンの姿を探してしまいます。
でも、どこにもいません。
朝起きた時、家に帰ってきた時、喜んで迎えに来てくれたのに、寂しがりでいつも人のそばにいたのに、どこにもいないのです。
どんなに呼んでも出てきてくれないのです。
この現実は重すぎて、どう受けとめたらいいのか、私には分かりません。
今はまだ、現実を見ると、深い悲しみが襲ってきます。
いつになれば涙はかわくのでしょうか……。
きっと、もっと時間がたてば、悲しみや寂しさも、少しづつ薄れていくのだと思います。
でも今は、そのことがクリンに申し訳ないような気がしてなりません。
もちろん、クリンのことを忘れてしまうわけではないし、忘れることなんてできないのですが……。
私も母も、口にはしませんでしたが、クリンがこの夏を越えられるか、とても不安に思っていました。もともと夏は苦手な子です。
暑いということだけでも体にこたえます。病気を背負って乗りきってくれるのか……。
その不安をあおるように病状は悪化していきました。
痩せたり毛ヅヤが悪くなったりはしませんでしたが、足取りは誰が見ても元気には見えないほど弱々しくなってしまいました。
そんなクリンをみて、近所の人が、保健所に連れて行けば?と心無い言葉を母に投げかけたそうです。
私たちがどんな思いでクリンの看病を続けているのか、どうしてそんな冷酷きわまりないことが言えるのでしょうか。
クリンはこの夏を乗りきるどころか、迎えることもなくこの世を去りました。クリンはウチの子で幸せだったと思う、と言った人がいました。本当にそうだったのかは分かりません。
でも、少なくとも、保健所に連れていくという考えがうかぶような人の子にならなかったことだけは、幸せだったと思います。
クリンが私たちの家族として、幸せに暮らしていたのかは永遠の謎ですが、私はクリンと暮らせて幸せでした。
でも、幸せは過去のものになってしまった……。
どんなに手をのばしてもクリンには届かない。
もう2度と帰ってくることはない。
分かっていても、クリンがいないことをどこかで認めようとしない私がいます。
だから今夜も、部屋のドアは開いたまま……。
2001.7.30
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